母の日

はは、と呼ぶ人は、もう既にいない。姑。実母。対照的だった。姑も長女、実母は、次女だったけれど、姉を早くに亡くしていたので、実質的な長女。ふたりともに、妹、弟の面倒をよく見ていた…と思う。長女という立場が必然的に為せる役割だったか。

姑の実家は 必ずしも裕福とはいえなかった。しかし彼女は、若い頃からお洒落だぅたようで、年老いてからも、服装、髪型、化粧、と心配りをしていた。色白く、美しい方であったと思う。実母は、家の生業を助けるために格好かまわずに、はたらき 学び女子師範学校を出て、教師になった。

 正直、姑と暮らした経験はないので、ははへの感謝となると実母が勝る。致し方ない。お姑さん、ごめんなさいね。

 長女から、ラインで、産んでくれてありがとうと、送ってきたけれど、さて、産んでよかったのかしらと。ふと、首を傾げてしまう。産まれたが故に、苦しみも悲しみも、味わう羽目になった… 

 ラインで送ってくる程度だから、まぁそこまで、深くうけとめなくても、いいかしら。しかし 感謝されるほどのことは、してないようだ。とりわけこの数年、ともすればこちらが、彼女を、頼りにしてしまいそうになっている。おっと これは 気をつけなければならない。

実母が、長女である我が姉を、頼りにしていたのは、よく知っているが、そのことを、姉は、責任感とやらで受け止めて、よく、母の要求に応えてきていた。しかしある時その絆が、切れてしまう。姉は、最近、亡くなった母への、恨みつらみを私に語るようになった。娘によっかかりそうになるとき、その事実か、私を戒める。

 最後まで母親としての立場を、保ちたい。認知症になっても、寝たきりになっても、私のことは構わずに施設にお願いしてほしい。そのために、介護保険は、苦しくても払い続けるから。

頼むから、年老いた私を、介護したり世話するために自分の生活を、削るのはやめてね。

自分の人生をしっかり生きて下さい。貴女、結婚しそうにないし、さすれば、多分 貴女が、母になることはないだろうから。できたら、遅くても母にはなってほしいけどな。

 次女様は、母の日の「は」の字も口にせず、目の前で、口を開けて、寝ています。仕事たいへんなのね。