その後

最初に私達が、頼りにした、任意売却支援機構なる会社… Aさんが勤めていたところだが…は、あれからしばらくして大阪の事務所を閉めたらしく、電話も、東京に移転していたし、もはや、 Aさんも、 Aさんと一緒に面談してくれた女性スタッフも、会社には、籍が、なかった。



記憶の締め。

500万円が用意できるくらいの余裕があれば、誰も任意売却なんかせんわ…と思いながら、この家を手放さない為には、もうそれしかない。

娘が、直接、アルヒに電話して、住宅ローンの相談をしたら、年収からして大丈夫という好返事。

親子ですぐさま近くのアルヒに、向かったら、その途中で、親子間売買の物件ではダメですと。電話が、入った。


そんなこともあった。

何とか500万円、工面しなければ…

兄弟姉妹にも、それぞれ、婉曲に打診するも、我が姉妹は、手厳しかった…引っ越せばいいじゃない。無理して、借金しても、払っていけるかどうか、分からんでしょ…

夫の兄弟は、

ただ無言。

いや幾ばくかのオファーをくださったものの同じような高齢者。それは流石にお断りした。

で、しかたなく、マンションを、いくつか、…いや、いくつも…下見しに行った。Yさんは、精力的に、マンションをさがしてくれた。

実は、

引越しの用意をしといてください、と言いつつ、一方で、彼は、金策を親身に考えてくれた。まあ、最終的に、彼は、100万円近い手数料を取ったのだから、仕事に熱心だったということだけど。


金策を諦めかけて、いよいよ、腹を括った

時に、Yさんから、もう一つ別の銀行から、フリーローンの提案があった。

自己資金を用意するということなので、他銀行から、借りるというのは、反則だ。

内緒で、事を勧めてくれた。


最終的に2人の娘が、フリーローンを、半分ずつ負担することで、500万円融資の道が、開けた。


こんな事、ほんま、レアですよ。

なんか、火曜サスペンス劇場見てるみたいな、展開ですよね〜と、Yさんは、言う。


そうかも…




記憶の整理・その六

融資先を探してくれていた代理人のYさんに、それまで、の Aさんとの、経緯を話す。


それは、会社ぐるみでしょ。


そうかもしれない。 

Aさんは、お手上げしたのだ。

私達に、最後までお付き合いしますと言った手前、最後の望みをかけていた銀行も、駄目だったのだから。

そういう、非常手段で、ことを終わらせることにしたのではないか…

会社側から、不毛な事案に対して、指導を受けてもおかしくない。

…事実は、どうだかいまだに、分からない。

事実を確かめている余裕などなかった。


呆然…ただ ただ、呆然。

買い戻しする方法をさがすか、できなければ引越し…。

落札した業者から、待てない。

いい加減にしてくれと、決断を迫られる。


彼らとて、銀行からの融資を受けていたであろうから、余計な利子が発生するのは、避けたいから、それは、理解。


落札した側は、できたら買い戻ししてもらう方が、手間なく利益が発生するので、楽なのではないか、と、買い戻しの可能性を探しながら、引越し先を探す。


Yさんが、彼等の取引先の銀行を紹介してくれた。その銀行は、融資話にのってくれた。


ただし、手持ちの資金500万円を用意して欲しいとのことであった。



記憶の整理、其の五。

昨年はOKだったのに。今年は融資ができませんという理由がわからなかった。

娘達と我が夫婦つまり家族全員で、返済するということで、昨年は融資を引き受けていただけるということだった。

 娘達の年収は、昨年より上がっているのに。長女一人分の収入でも充分いけると思いますと、 Aさん。

となれば、親子間売買が、

駄目と言うことなんだろう。

ほかには、例えば、娘なのでいずれ、嫁に行く…家を出る…老夫婦2人になる…などの理由もあったのか。


いや、それ以前に、 既にAさんの領域ではなくなっていたのかもしれない。

…それは後から私が考えたことだけれど。


その時点では、まだまだ私は、 Aさんのことを、信じ切っていた。

そこが駄目なら、ほかの融資先を、 Aさんが、探してくれるということも、信じ切っていた。

いくつか当たってみますね。と、いう姿勢であった。


金策と、

金策がうまくいかなければ家を明け渡すという前提で、3月15日が、落札業者から提示されたタイムリミットとなる。

金策と、賃貸物件探しを、同時にする事となった。

長女は、勤務先に事情を話し、1週間の有給をとる。…これはしかし後で、上司に、チクチク言われる事となる…


一方で落札業者の代理人Yさん。

 Aさんのことがあったので、

最初から彼のことを信用する気にならなかった。

しかし、買い戻しの話を、受け入れてくれて融資先を、彼も探してくれた。 

Aさんと同じ様な銀行を挙げて次々と当たってくれたが、親子間売買ということがやはり、ネックとなる。 

Aさんは3月8日までには、最終望みをかけていた銀行からの返事をもらえるから、連絡しますとのことだった。

その日が過ぎても、なかなか連絡がとれない。

待ちきれずに、直接会社へ電話を入れた。


 Aさんは先週から、行方が分からないという。出勤してこないし、家にもいない。結婚したところだが、その奥さんとも連絡取れず、会社も、困っているということだった。

記憶の整理、四。

落札した業者の代理人が、やってきた。

明け渡しの相談。


しかし私は、まだ、 Aさんが、買い戻しまで付き合ってくれるものだと思っていたので、買い戻しの話をした。すると、代理人の、Yと言う人は、

ならば、その方向も検討させてくれと言う事だった。


再び Aさんのところへ親子三人で出向き、

買い戻しをする方向である。落札業者も、そのことに前向きであることを話しした。

すると、では、買い戻ししましょう。その為の金策を、考えましょうと。


任意売却ができると言う前提で、紹介してもらった、銀行に、彼は連絡を取ってくれた。既に一年経っていて、担当者も変わっていたが、昨年融資OKだったから、大丈夫ですよと言うことであったが、

しかし

融資は、できませんと言う。


そこからが大変だった。


その三。記憶の整理。

親子間の任意売却がうまくいかなくて、

 Aさんは私に、保証会社の担当者である片山という人に、当事者である私達から、任意売却を認めて欲しい、親子間売買を認めて欲しいという説得をして貰いたい…本人たちの熱意を伝えて下さいと言われた。

情に訴えろと。

しかしこの片山と言う担当者は、頑なであった。何一つ心動かすこともなく、

駄目の一言。

そして競売にかけられる事となる。

その時点でも、私は、買い戻しができるという望みを持っていたし、買い戻せると、確信していた。

年があけ、1月4日から、入札ということになり、一月末、2300万で、落札された。



記憶の整理。二つ目

家計が、怪しくなると、人間関係が怪しくなる。特に一家の支柱であるはずの夫とは、常に緊張状態であって、このまま黙って家を出て行こうかとか、離婚届を取りに行こうかとか…


しかし、今は、記憶の整理を先に。


兄が亡くなり、愛犬が亡くなりした頃、ローンの支払いに耐えきれなくなる。

このままでは、駄目だ、なんとか手を打ちたいと、あれこれ探してみた。もちろんネット。

で、任意売却支援機構なるものを見つけた。

夫を説得し長女と、三人で、相談に出かけた。あくまでも売却先は、長女という、つまり親子間売買である。

ネット上の広告では、その親子間売買も可能であるという風に、受け取れたし、実際相談に行った時、親子間売買しか考えてない事を、つたえた。

まだその時には、ローンの滞納はなかった。


相談に行って、どうすれば良いかとたずねると、親子間売買、任意売却を進めるには、取り敢えず、ローンを支払わずに滞納しましょうということになった。滞納すれば、やがて、銀行、住宅金融公庫、保証会社が、動くのでそれを待ちましょう…という事だった。


で、やがて、銀行から、住宅金融公庫から、督促が来るようになり、保証会社が、打診してくることになる。

任意売却支援機構の Aさんをとにかく頼りにし、彼の言うままに、滞納を続ける。

で、親子間売買が、成立すると言う見込みの元、新たに任意売却によるローンを組む手だてをとった。その銀行は、親子間売買でも、融資してくれる、ただし、少し利率は高い。 Aさんは、

2年間辛抱して、ローンの借り換えをするといいですよ。

とアドバイス。その時の任意売却価格は、約2800万。

で、その後、任意売却が、成立しなかった場合は、つまり、どこかが…銀行・住宅金融公庫・ローンの保証会社…親子間売買を認めなかったなると、競売にかけられると言う筋道であった。

競売にかけられると、任意売却価格よりはるかに価格が下がり、債権を回収出来にくくなる為、大抵、任意売却価格で、手を打つことになると。


しかし、保証会社が、うんと言わなかった。

 Aさんはによると、担当者次第なんです。親子間売買を認める担当者もいるのですよ、競売にかけるよりは沢山、債権を回収できる、と言う観点で。

と言うことであった。


私たち、少なくともに私は、 Aさんを、とにかく信頼していた。


任意売却がうまくいかなくて競売にかけられたとしても、買い戻しという方法があります。

そこは、最後の手段です。 Aさんはそう言っていた。


まさかそこまでいくとは思わなかった。